アルフォン少尉の館 屋根裏の手記

館主碧髪のサーダによる2005年10月下旬からの更新記録を兼ねた製作秘話

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怒れる哲学者

2006年07月30日(Sun) 07:03:35


 これがまた、デーケン先生とは全く対照的ながらやはり現代の思想家で気になる男である。生中島にはわたくしも何度か会ったが、果たして自分で言っている通り下品な男であった。しかし行動に裏打ちされた哲学者であるという点ではわたくしも大いに買う。(近隣に住みたいとは思わないが笑)

 『怒る技術』は全編が中島自身の世間との戦いを基にした実践倫理の書である。中島はウィーンから日本に帰って以来、凄まじいまでの戦いを世間として来た。騒音に対して、無駄な照明について、意味の無い挨拶状に対して・・・・・・等。傍から見ていると何でわざわざ波風立てるようなことを、とも思うが、中島のやり方は「切り捨てる」ことではなく、「コミュニケーションを取る」ことである。そのゆえ体得した「怒りを育てる」技術を語る。

 「4.相手に怒りを伝える技術」の中で、「準言語を活用する」という項目がある。少々引用してみよう。

「(・・・)わが国ではたいそう稀なことですが、少し前にひとりの若い男の言葉のうちに、この模範的な例を目撃しました。彼は妻が強姦され、そのそばで泣きじゃくる幼い娘も床にたたきつけられて殺されるという痛ましい事件の被害者です。彼はけっして涙を見せない。言葉を荒らげない。苦悶の表情を示さない。しかも凍りついたような決然とした表情は、彼の怒りをありありと示している。そして、寸分も表情を変えずに「裁判所が死刑判決を下さないのなら、自分が殺します」と言った。(・・・)」

 「誰とでも仲良くしたいです」というお方は殺人犯とも仲良くするのであろう。それが大和民族の美徳なのであろう。いや、美徳というより、それが楽な生き方だということを知っているのである。
 中島のような人物は広く受け入れられる人ではないが、平和呆けの日本には必要な男である。
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アルフォンス・デーケンの死生学

2006年07月21日(Fri) 21:13:52


 今とってもアタマがろしあにスイッチしているけど、ちと帰って来ましただ。先週の土曜NHKラジオ第2で朝10時過ぎ、たまたま聞こえて来たのがアルフォンス・デーケン先生の対話番組だった。以前からとても気になっている現代の思想家の一人だが、お声を聞いたことはなかったので新鮮だった。
 番組中、まだよく日本語ができなかった頃のご自身の逸話を聞かせて下さった。日本のとあるお宅へ招待されたので、伺う以前に尊敬する人からどうしたらうまく話ができるかというコツを教えてもらったそうだ。
1. いつも微笑んでいること。
2. 人の話を聞いてよく頷くこと。
3. 時々「ソウデスネ」と言うこと。
 はたして、うまく行ったのだそうだ・・・・・・最後のちょっとしたところまでは。そのお宅の奥さんが「ご馳走様」に対して「お粗末様でした」という言葉を言った時、デーケン先生は意味が解らなかったので「ソウデスネ」と言ってしまったそうである。忽ち奥さんの顔色が微妙に変わったので、何かまずいことを言ってしまったらしいと気づき、うちへ帰ってから辞書で調べたら・・・・・・! ということであった。笑止。

 デーケン先生は古典語のギリシア語・ラテン語は教養人として当然勉強し、そして北ドイツ出身であるためにドイツ語とオランダ語を話される。まあ、このくらいはヨーロッパの人なら普通であるが、日本語は言語構造が全く違うので習得に苦労されたそうだ。
 それでも、3つのコツはわりあい応用が利くと思うよ。特に1番ね。いつも笑顔でいること。心からの笑みを絶やさないためには清澄な気持ちでいること。

 明日土曜、お話の第3回。聞ける環境にある人は聞いてみたまい。AMラジオが入れば693kHzだ。絶対損しないと思うよ。

業務連絡

2006年07月16日(Sun) 09:03:09

 さだだ親衛隊のミンナサン(ぷっ)さ、

負の遺産とどう向き合うか

2006年07月05日(Wed) 11:55:05

 以前goo時代に書いたこともあるが、ついでに思い出したからもう一回書いておこう。

 誰かに対して暴力をふるってしまうのは、原因がある。その人の幼時の環境が暴力的だったという外的要因と、生得的に親から凶暴な因子を受け継いだという内的要因である。愛されたい、認めて欲しい、褒められたいという承認欲求が満たされないと破綻が来て、その人の愛する(というか恋する)対象に今度は憎しみの矛先を向けてしまうのだ。
 この構図は古今東西よくある人情噺で、さして新しい問題ではなかった。だが、もし今まさにこうした問題で悩んでいる人が居るなら、暴力をふるう側にもふるわれる側にもお勧めしたい本がある。やっと最近、適切な処置の方法が一般の書籍にも書かれるようになった。ひとまずすぐに役立つ本を二冊だけ。
『毒になる親』 『なぜ夫は、愛する妻を殴るのか?』

 5年ばかり前、わたくしはひょんなことから人格障害者とかかわってしまい、その人を何とかしてあげたくて臨床心理の本を随分と読み漁った(今思えばそれこそ親切の押し売りだけどね)。

 その人は顔立ちが美しく、若い頃俳優になりたかったのだが、表舞台に立てば立つほど役者としての才能の無さを思い知らされてしまい、次第に暴力をふるうようになった。そして各界から爪弾きにされ、自滅した。

 しかし、自滅したのは才能の問題ではなかったのだ。その人が自分のもっと奥にある問題に気づかないために、外からの働きかけではどうにもできなかっただけなのだ。(自分から気づいて)きちんとしたカウンセリングを受けるとか、心療内科に行くとか、そうできていたら人として潰れてしまうことも無かったのではと思う。いたましいケースだった。

 言葉を尽くし、心を尽くしても通じ合えないことが、残念ながらある。自己の問題と立ち向かうのは最も辛いことかも知れないが、こればかりは他者がどうすることもできないのだ。人としての器は、勿論物質的豊かさでもなく、教養の高さでもなく、自己と向き合う勇気があるかどうかにかかっているのではないかな。

有難う。

2006年07月02日(Sun) 08:58:57

 お見舞いを沢山有難う。実は、大佐も以前から被害に遭われているそうで昨年末更新ストップしてるんだ。今一度、アルフォン少尉に献花を。ぢゃ。ひみつ基地
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