アルフォン少尉の館 屋根裏の手記

館主碧髪のサーダによる2005年10月下旬からの更新記録を兼ねた製作秘話

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まるこのお姉ちゃん

2006年10月31日(Tue) 23:39:25

 やられたー。http://www.fujitv.co.jp/maruchan/index2.htmlオモシロカッタ。ちびまる子ちゃん実写ドラマ、今朝番組宣伝で知って、余りにもたまちゃんが似ていたので引き込まれてしまい、同時間帯にミッシェル・ダルベルトのスーパーピアノレッスンがあったのも(まあ再放送があるし)凌駕。結局全部見ちゃったー。普段のアニメーションは(絵がちょっと厭で)たまにしか見てないが、あの独特の雰囲気を極大化してうまいことギャグドラマに仕立てているのに感心した。まる子を始め子役もそれぞれうまいけど、お姉ちゃん役の子が出て来た時にまずはっとさせられた。福田なんとかちゃん、昨年『白夜行』でロリコンオヤヂの餌食になる主人公の女の子を演じた、あの子だったのだ。今回は幸せな普通の家庭の、普通のお姉ちゃん。ああ・・・・・・よかったね、あの時殺人の罪を自らかぶって亮くんを逃がした、そして口封じのために実の母をガスで殺した、あの切ない少女が、普通に笑っていた。いや全く関係ないですよドラマは。だけど、映像は正直だ。最後のシーンでまる子と一緒に学校へ行くところ、歩き方が同じだった !! 涙出て来たよ。子供って一年で大きくなる。お姉ちゃんを演じられるほど少し大人になっていたけど、わたくしにとってはあの子は不幸なゆきちゃんの成長した姿なのだった。ちびまる子ちゃんのドラマも凄く楽しかったしほろりとするし懐かしいし、家族ってやっぱりいいなあなどと一通りの楽しみ方はしたよ。だけど、それ以上にお姉ちゃん役の子が普通に幸せそうにしていたのが嬉しかった・・・・・・別人格だとは解っていても、『白夜行』のゆきちゃんには、もう笑っていて欲しいのだ。

 ついでにおまけ。昨夜『のだめカンタービレ』に出ていたばかりの千秋(玉木宏)が、今日はお父さんの若い頃役のモボで出てたぞ。おまわりさんなんて『奥様は魔女』日本版ドラマのダーリンだし、脇役が豪華だったなあ。こうやって本気で作ればいいドラマがまだまだできるぢゃないか。(昨今くだらないことが多い)テレビ界も捨てたもんじゃないと思い直した夜である。
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のだめ第三回 指揮者への道まっしぐら

2006年10月30日(Mon) 23:36:19

さだだリサ
 ミンナサンお便りアリガトー。島ファンからお叱りが来るかと思ってたら全然来なくて受けたのでひとまずほっ。屋根裏がのだめ日記になってしまうのもアレだし、ちとコスプレ映像でも。これはひみつ基地に今朝載せたリサL「私が艦長のさだだである。」である。今後コスプレに走りそうな予感・・・・・・

 さてと、今日で第三回、千秋はとうとうSオケで指揮をする。ベートーベンの第七。第七と言えばカール・ベームだが、しかしまー、わたくしもこんなにドヘタな第七を聴いたことないぞ。駄目な奴が集まると駄目駄目なオーケストラになるもんだなとあさっての方向で感心した。で、千秋も予想通りイカって怒鳴り散らす。シュトレーゼマンはとある事情から(ぷっ)のだめにパンチをくらって泡を噴いていたのだが、いつの間にか千秋が棒振る様子をしっかり見ていた。そして一段落したところで千秋をその場から下ろし、楽団員をおだてるや、何と良い音を引き出してしまった。流石の千秋も怪しげなスケベオヤヂのシュトレーゼマンを見直す。

 今回はド貧乏のコントラバス少女を何とかするエピソードを通じて、指揮者としてのコーチングの重要性について学ばせるのがメインテーマであった。これはわりとコンテンポラリーなテーマである。教育する、という言葉をドイツ語でerziehenと言うが、直訳すると引っ張り出すという意味である・・・・・・なんて言い出すとまた薀蓄みたいでヤだからやめよっと。ただね、どんなにコーチがうまく引き出そうとしても、コーチを受ける側に才能が無ければ何も引き出されては来ないんだよ。シュトレーゼマンは一見駄目な学生ばかり集めてSオケを作ったけど、実はみんな才能ある奴だったのだ。

 終盤千秋が何とSオケの正指揮者に任命されてしまうことに。シュトレーゼマンはキャバクラで千秋の方が女たちにもててしまったことを恨み(という理由がこの世界らしくて凄くいいね !)、全てを投げ出してエリート集団のAオケ指導へ行ってしまった。指揮を始めて間もない千秋にシュトレーゼマンが対決を言い渡す。スゲー。何かますます楽しみになって来た。ううう明日一巻買ってしまうかも・・・・・・

 今日は伊武さんワンショットだけだった。もっと出てくれー。

 因みに、ここぞと言う時にかかるおどろおどろしいBGMはプロコフィエフの『ロミオとジュリエット』中、貴族たちのクッションダンスの場面である。ルネッサンス時代の歴史舞踊なので激しい動きはしないし品のよいものだが、あの音楽が実に渋いねえ。初めてこの曲を聴いた頃、もう何十年も前だが、良さが解らなかった。ただ、気持ち悪かった。恐らく、バッハが確立した西洋音楽の古典的なコードを逸脱・破壊・デコンストラクスィオンしていたからなのだ。今では勿論大好きで、あの時の居心地悪さは西洋人が初めて飲んだ抹茶の渋さみたいなものだったのかなと思っている。ボーダフォンのCMでもなかなか上手く料理されていていいよ。一家にお一つどうぞ。作品は全てあの調子の渋さというわけではない。小鳥のようなジュリエットのテーマとか、最大の聴き所バルコニーの場面とか、充分古典のコードに則った憩いの曲もあるから心配せず。

 いやーここまで書くとこれも出さずにはおれんな。『シンデレラ』『石の花』特に後者は余り演奏される機会が無いのが勿体ない。銅山を象徴する壮大なテーマが腹の底まで響くぞ。聴け。

「霊安室」に『憐れみの処方箋』収納

2006年10月24日(Tue) 00:25:18

 これ、日曜に笑点見終わってからまたしてもささささっと書いたもの。一日寝かせたけど、まあこんなもんでいいでしょう。放置してても何故か盛況な地下室のミンナサンへの陣中見舞ざんす。アリガトー。でも緑ファンのヒトはヤだろうな。予め詫びとこう。スマン。ハロウィン仕様ということにしといてくれ。題目はエルヴェ・ギベールの同名小説から貰った。とは言え内容は全然関係無い。ぢゃ。ひみつ基地

のだめカンタービレ二回目も抱腹絶倒

2006年10月23日(Mon) 23:10:55

うひーオモシロカッター。先週の放送翌日、別に買おうとか思わないんだけどたまたま本屋に寄る用があって、早速平積みで飛ぶように売れていた。何か特別版があるんだって ? 最新刊の16巻は。それが、きっとおぢょうちゃんに頼まれたらしい母親が書店員に尋ねていたのだがすべて売り切れだとか。へえ。凄い人気だね。尤も、一話があれだけインパクトある役者揃いだったら当たるだろうなあ。

 で、今日は新展開、赴任してきたドイツの指揮者シュトレーゼマン(竹中直人)が主人公・千秋の指揮科への転科を認めない事件、のだめとティンパニ青年(かま ?)との千秋の取り合い対決、ロックヴァイオリン金髪青年(例の、伊武さんが父役)の試験でのだめが伴奏することになるくだり、と、盛り沢山である。これら別々の事件がうまいこと絡み合って次回へと繋げるところ、感心した。脚本がうまいのか、それとも原作がこうなってるのか。終盤、とうとう千秋がシュトレーゼマンの選んだ生徒たちのオーケストラ「Sオケ」で指揮をすることになる。初めて夢への第一歩を踏み出すのだ。

 感傷的だが、やはり心に沁みたのは千秋の魂の言葉である。ロックに傾いていた金髪青年に千秋が諭すともなく諭すところ。めちゃくちゃな弾き方をして自己表現と勘違いしている金髪青年は、ピアノ科の千秋がふと手に取ったヴァイオリンをこの上なく素晴らしく弾きこなしてみせるのに驚愕、ヤな奴と思っていたのに度肝を抜かれる。聞けば、千秋は幼少の頃からピアノもヴァイオリンも反吐が出るほど練習して来たと言う。敢えてピアノ科なのは、指揮のため色々楽器のことを知らなければならないのにまだまだピアノは練習不足だと思ったから、だったかな。千秋の傲慢にも思える態度は、それだけの練習による自信に支えられていたからなのだ。

 その通りなのだ。一流であり続けることは、なにも芸術家だけに限らず、大変な物理量の鍛錬を必要とするのだ。器用な人もたまには居る。モーツァルトのような天才も極たまには居る。しかし、オリンピックの零コンマ一秒レベルでの戦いで勝ち残るには、運と圧倒的技術の量が必要なのだ。

 なのに、そこに至るまでの努力がどれほどのものであろうと、結果が全てである。「一生懸命やりました」で報われるほど世の中甘くはないぞ。実は、わたくしが昔シャチョーになる以前ヒトの下で働いていた頃、そこの一番偉いヒトが言っていた言葉だ。人格的に優れているようには見えなかったけれども、確かに大企業のトップになれるだけの才覚を持っていた。「一生懸命やりました」で報われるのは例えば小学生までだ。

 ついでに。ニーチェは人間の在り方を綱渡り師に喩えて語っているのだが、まさに一歩踏み出すも危険、引き返すも危険、ほんの少し集中力を欠いただけで真っ逆さまに転落して死ぬ。一所懸命だけでは駄目なのだ。

 こういう芸術家の生活を知っていると、傍から見ているだけなのに自分のことのように冷や汗が滲んで来ることがある。だから、芸術家が世間的にも(自己満足でなく)報われる晴れがましいことがあると、魂の躍動を感じる(さしあたって今はゲオルク・ハレンスレーベンに対してだがな)。甘っちょろいこと言ってる奴は大嫌いだ。見込みのある奴には、練習しろっ ! 勉強しろっ ! とどやしつけるばかり。縁なき衆生には関わらない。限られた人生に於いて、それは時間の無駄である。

 とゆわけで来週も大変楽しみなのだめであった。今日も屋根裏は辛口だねえ。お気楽だけのがいいヒトはこちらへ。ぢゃ。

のだめカンタービレに伊武さん出てるよ

2006年10月16日(Mon) 23:56:42

いやー、面白かったー。やられましたな。随分(もう数年たつよ)前から弟子筋に読むように勧められていたのだが、どうも絵柄が厭で買わなかったのだ(結局『ドラゴン桜』も付録つきの一冊しか買ってない)。でも、表紙の絵は何度も見ているから何となく役柄が主演女優と雰囲気ぴったりだというのは判った。
 音大というのはこういうところなのかなあ、という感じもいいね。まあ大学によって色々だろうけど、「のだめ」みたいなぶっとんだヤツも時々いるものである。常識的な生活してるヒトとは絶対やっていけないようなヤツ。でも、そういうヤツに限ってなにがしかの才能があったりするんだよな・・・・・・わたくしも一人知ってる。作曲でなんとか賞取ったとか言ってたが、こいつは二度とうちに入れたくないヤツである。もうね、フツーの生活ができないんだよ。
 ギャグ的演出も面白いけど、脇役が豪華。いや、脇役などと呼んではいけないな。中盤で伊武さんが音大生の髪の毛黄色いぼうやの父役で出る。中華料理屋のオヤヂ。もう、伊武さんは何やらせても上手いよね。新作『白い巨塔』でのハラグロ病院長(だったっけ)役も凄くイヤラシくできてて味があったし。
 しかーし ! 竹中直人が有名なドイツ人指揮者役で出て来たよ。これがまた怪しいスケベオヤヂで胡散臭さぷんぷんなんざんす。重要な役どころのようだけど、もう今から俄然楽しみだね。ドラマなんて暫く見なかったけど、月曜は夜9時までにおうちにスタンバれということでしょう。

 因みに、本日『ガンスリンガー ・ガール』7巻ゲットー。6巻では不幸な少女がまた一人、義体「ペトルーシュカ」となって蘇り、新たな物語を展開していたのだけれど、旧メンバーのちいさいオトモダチと交流を持ち始めるのがこれからだ。ペトルーシュカの担当官「サンドロ様」の台詞が効いてるよ。「活動家は下っ端ほど自己顕示が強い」だって(少々直させて貰うと「自己顕示欲」の間違いだと思うが)。その通り。Esatto !
 この子たちは公社に引き取られるまで、それぞれ実に可愛そうな境遇にあった。前にもちょっと屋根裏で書いたように記憶している。主人公のヘンリエッタはほんの十歳くらい。父・母・兄弟たちが惨殺されたその同じ現場で一晩じゅう強姦され、発見された時には片腕と片脚が切断され、片目が潰されていた。それでも生きていたのが不思議なくらいだ。これほどの恐怖を経験して生き永らえるより、いっそのこと死んだ方がましだったのでは、と思ってしまうほどだ。義体になった今は記憶が消され、担当官との間に特殊な愛情が条件づけされて幸せなのだった・・・・・・なんかギリシア悲劇の構造だね。
 相田裕は最初の頃絵がド下手だったけど、巻がすすむにつれて随分上手くなって来た。イタリアの情景も綺麗に描けていてますますいいなあ。

でまたこれ、中島本懲りずに一緒に買ったんだけどね。もう随分読んだなー。この人は明らかに日本人のマイノリティーだけど、明晰判明な言葉を書くのでとても説得力がある。流石である。
 随筆本読んでて記録してあったことが、一つ意外だった。何と、アルフォンス・デーケン先生とも、やはり神父のクラウス・リーゼンフーバー先生とも、対談していたのである !! 全く立場が逆のような気がするけど、巡っているところは案外同じ問題なのか。リーゼンフーバー先生のとある弟子に言わせると、中島に関して「ウィーンで何を勉強して来たんだあー ! 座禅して一からやり直せー」だそうだ。いやいや、だからさ、その弟子が中島のあり方に似てるんだよ。本人も判ってるみたいだけど。似てるから熱くなるんだねきっと。

 さて、引き続きアルフォン少尉支持者のミンナサンは地下で適当に遊んでね。一体何人いるんだ ? 凄いことになってるね。ぢゃ。ひみつ基地
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