アルフォン少尉の館 屋根裏の手記

館主碧髪のサーダによる2005年10月下旬からの更新記録を兼ねた製作秘話

追悼宮川先生

2006年12月30日(Sat) 10:49:25

 「天国のスタア2006」http://www.ontvjapan.com/genre/detail.php3?tikicd=0002&hsid=200612280004013見た? こんなのやるなんて全然知らなかったんだけど、たまたまテレビついてたらいさおっちの歌声が聴こえて来てびっくりした! 背景に在りし日の宮川先生が・・・・・・ううう。時々宮川ワールドにもイテミテ。http://www.miyagawa-world.jp/

 今年は自分にとっては凄くいい年だった。ヤマトファンのヒトには悪いんだけど、ガスパールとリサの世界を深く知ることができ、あまつさえ絵のためだけに大旅行を決行するほど濃く関われたこと、未だかつて無い集中だったのだ。人生も折り返し点をとうに過ぎてここまでの作品と出逢えるなんて思ってもみなかった。ヤマトとの出逢い以上かな? とも思ったりする瞬間があるが・・・・・・いやいや、それは禁句だよね。スマン。

 宮川先生の魂を祀ると共に、これからも静かにアルフォン少尉の墓を守っていこうと思う。古代ファンのおばさん一般が頭のおかしい人だとは思っていない。
 宮川先生の喪中だから年賀状はどなた様にも出さないよ。勿論、頂く分には厚く御礼申し上げます。
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若干の補足

2006年12月26日(Tue) 18:56:50

 掲示板がにぎわってる。凄いね。みんな感動したんだね。http://wwwz.fujitv.co.jp/nodame/message/index.html
 それで、番組終わってからここのサイトの写真館見ていて気づいたんだけど、のだめの幼少時はドラマ版まる子ちゃんがやったのかー。どーりで見覚えがあると思った。8歳という若さながら、立派に役者だったよね。凄いなと思うのだ。今もう一人注目しているのはペネロペの工藤あかりちゃん。リアル! 子供には敵わない、と思ってしまう瞬間であるが・・・・・・いやいや、あの子達が特別な子供なのだ。子供と一般化してしまってはイケナイ。

 あと、佐久間役は期待したほどではなく不発に終わる。綺麗過ぎちゃって小太りのヲタク的気持ち悪さが出ていないんだよなー。けえ子もそえもので終わっちゃったね。

 さて、クリスマス(=冬至)も終わったことだし一陽来復。勉強しよう。のだめは今度はアニメーション深夜枠で1/11に登場。こっちはもっと原作に近いのかな。こんなのも出たよ。

あっさりと最終回

2006年12月25日(Mon) 23:18:05

 ご苦労様でしたー。のだめライブCD買った人は特典として12/16収録のこのコンサートにエキストラで行ける、応募券がついてたわけですが。本番わりとあっさりでしたな。サントリーホールは広いデスよ。指揮者の顔が見える裏側席もあって、帝王カラヤンが喜びそうな環境。でも音響的にどうなの ? ちょっとした室内楽だったら小ホールがいいデスよ。

 で、本日前半のハイライト。予想通り美しかったデスね。夕日でスローモーで後ろから抱き締めで・・・・・・と恋愛ものの定石の撮り方だったが・・・・・・あー。そこで白目ぐりぐりに繋がるか(原典通り)。のだめの実家団欒の部屋はもう少し広かったような気がする。母宮崎美子というのはいいなあ。

 ただ、クリスマスコンサート=ヴァーチャル卒業式で終わるのは綺麗過ぎないデスか ? 千秋が結局パリに行くことになったの、本人は相当動揺していなければならないのにそこが抜けてる。いつの間にか千秋ものだめのカレシに自ら納まってしまっているのは物足りないなあ。ベト七演奏中に昇華 ?

 まだまだ来週も続いていそうな錯覚が残っている。あっけなくて。パリ編、来秋くらいにはまたやって欲しいなあ。二ノ宮のインタヴューによると現在の16巻で話は四分の三まで来ているそうだから、実現しないこともないと思うよ。ただパリロケは難しそう。フランス人(とロシア人と中国人)を使わなければならないしね。
 あちこちでのだめ効果が叫ばれている。ニュース番組で生音大生のドキュメンタリーもちょっとあったりして、これまでの知られざる実態が脚光を浴びるようになってしまった。明日への不安は勿論あって当たり前だけど、それでも、やっぱり毎日練習に没頭できる時間があるというのは凄く幸せなことだと思うよ。その幸せを噛み締めて、頑張れ ! 芸術家の卵たち !!
 そして、この機会にクラシックに縁遠かったヒトビトもどうぞ楽しさを知ってクダサイ。わたくしの周りは古典主義者ばかりなので当たり前過ぎて気がつかなかったけど、古典の無い生活よりあった方が絶対面白いって。まずはのだめCDでも買いたまへ。ロマン派に偏ってるけどね。

ペトルーシュカのカナシミ

2006年12月18日(Mon) 23:29:23

 先週はハリセンの故郷へ行っててレヴュー一回休み。「ようこそハリセンの故郷へ !」と歓迎して下さったオトモダチのお陰で、いやーオモシロカッタ。うさぎいぬの原画展が目的である。そのためだけにシャチョーの権限を行使し無理やり一週間ばかり休みにしちったー。つけは後で回ってくるから別にいいのさ。ひみつ基地ではほぼ日刊実写漫画撮ってるので、官能小説でなくても興味ありますという方はイテミテ。現在のわたくしの在り方は官能小説家ではなく、パペット映画監督かな。過去の実写漫画アーカイヴはこちら。リアルさんぽ再録結構沢山になったよ。

 さて、本日ののだめはコンクールを中心に。あんなに頑張ったのに駄目でした、という現実の厳しさを思い知る回である。そうだ。現実とはそういうものだ。頑張ればうまく行くだの、一生懸命やったんだから結果がどうあれいいんだだの、それは二流で満足できる者のたわごとである。のだめは、天衣無縫の野生児であるという点ダイヤモンドの原石だ。しかしそのままで王冠に納まることはできない。「なんで楽しく弾いちゃいけないんですか」という問いは、それが出て来ること自体素人のたわごとである。
 芸術とは、技術あっての芸術なのだ。幾千万の技術を一つ一つクリアすることは本当に気の遠くなるような作業であり、従って努力であり、犠牲である。しかし、揺るぎ無い技術に支えられていなければ真の芸術作品は産み出され得ないものなのだ。いわゆる「ヘタウマ」という言葉はサブカルチャーでは通用するだろう。しかし・・・・・・卑近な例なんだけど、わたくしは『ドラゴン桜』のドラマを大いに面白がって見たけど、原作本は結局お金を出して買わなかった。アイディアと思想が秀逸でも、絵が余りにも酷かったからだ。それもアマチュアのレベルを遥かに下回る酷さだった。汚いものは所有したくない。いや、作品の素晴らしさは認めるよ。しかし、事実として買わなかったのだ。・・・・・・いわんや芸術作品を俎板に乗せる時をや。分かるでしょ。
 素人の発表会は余程の濃いお付合いの方でない限り見ない聴かないことにしている。残された人生の時間に於いて、無駄だと思うからだ。鑑賞に耐えないものには時間は割きたくない。舞台上の御本人様方が満足ならそれでいいではないか。こちらには関係ない。今日ののだめの最後の発言は、人間の本音ではあるだろう。確かに気持ちはよく解る。自分もかつてそうやって叫びだしたことのある馬鹿な素人だったからだ。しかし、一流でありたいと思うなら、それでは甘過ぎる。本当に楽しめるようになるには、まずはその甘い考えをかなぐり捨てて文字通り死ぬほど練習することだ。ぐうの音も出ないほど罵倒されてみたまえ。それに耐え、あらゆる技術を習得克服した先に、初めて本当の光が差して来るのだ。

 ただ、才能が無い者はどんなに努力しても報われない。これは事実だ。悲しいことに。
 『ペトルーシュカ』については本編中でも少し触れてあったが、古典的な人形芝居の三つの役柄のうちの一つである : 内気な道化師、美しく可愛らしい踊り子、剛健なムーア人。ペトルーシュカというのはロシア人男性の名ピョートル(英語だとピーターに当たる)の愛称で、やや蔑視的な意味合いを持っている。人形使いが三体の人形に命を吹き込んだところから悲劇が始まるincipit tragoedia。道化師人形ペトルーシュカは踊り子人形に片想いしている。だが、踊り子は男臭いムーア人の方が気に入っていて、盛んに秋波を送る。当のムーア人の方は女など自分に惚れて当たり前、ペトルーシュカのことなど考えもしない。ペトルーシュカの孤独、嫉妬、切なさ。終盤、ペトルーシュカは思い余ってムーア人に斬りかかるが、逆に剛健なムーア人の半月刀で斬り殺されてしまう。無念 ・・・・・・! しかし、ペトルーシュカは怨霊と化して自分に命を吹き込んだ人形使いを呪う。華やかで楽しい祭りの背景との落差と相俟ってその阿鼻叫喚の図は人を震撼させる。とても子供には見せられない、おどろおどろしい話なのだ。同時に、寓意的である。
 まあ、興味あったら見てみてくれ。これは上演が大変難しいため、国内で生で見られる機会は殆ど無い。現代ではパリオペラ座がレパートリーに持つだけではないかな。有難いことに映像ソフトは出ているから躊躇わず買いなさい。1910年代という舞台芸術の最も面白かった時期の作品を網羅しているよ。自分的超超お勧め盤だ。
 今日のだめの弾いた部分はペトルーシュカたち三体の人形が最初に踊りだす場面。素早い脚捌き・首の回転を表現している。わたくしはこれを本来のオーケストラ版でしか聴いたことがなかったから、のだめCDを買った時初めてピアノアレンジを聴き、新鮮だった。
 ついでにストラヴィンスキーの凄いところは、『春の祭典』やら『火の鳥』 やら、新し過ぎる音楽を惜しげなく次々と産み出したにも関わらず、古典的な曲もきちんと作曲していることだ。例えば『プルチネッラ』とか聴いてみたまえ。えーっこれがストラヴィンスキーなの ? ほんとーに ? と思うから。画家で言ったらピカソかもね。ピカソ6歳の時の牛のスケッチ見たことある ? 凄いよ。リアルで。因みに因みに、この二人は同時代人で一緒に舞台芸術の仕事もしてるんだなこれが。いやー枢軸時代だったねえ。

 先週初出のオクレール先生、イメージとやや違った。もっとほわっとした可愛らしいじーちゃんなんですよ本当は。でもまあ、今後ののだめの人生の鍵を握る重要人物ということで優しそうな仙人めいた雰囲気は買っておこう。

 ということで来週もう最終回。やっぱりわたくしの感動したコミックス9巻で締めくくりだったんだね。泣くよ。みんな(新作リサたんの(ぷっ))ハンカチ

用意。ぢゃ。ひみつ基地

れんしうしとるかね。

2006年12月08日(Fri) 19:07:54

 はい、サントリーホールでの最終回録画エキストラ当たったヒト、楽しんで来てくれ。わたくしはハズレタ(別にいーけど)。もうあと三回で終わり? 因みに、こんなの出たよ。裏軒メニューと千秋メニュー@ファミリーマート。昨日行ってみたら売り切れ。今日は午後比較的早い時間にパスタのみゲットー。朝一に行かないと駄目みたいだ。鍵盤バッグも大々的に出ているし。色々グッズ

 それと、こんなムックも出たよ。世は二ノ宮であるな。      ありー、わたくしの買った本が密林にないな。

 カイ・ドゥーン役の俳優はやっぱり英米圏の人だったみたいだね。ジョン・ヘーズ、とは名前からして明らかにドイツ人ではないからな・・・・・・まあヨイ。

 本日は間奏曲でした。ぢゃパリに戻ります。ひみつ基地

マタイ受難曲

2006年12月05日(Tue) 00:24:14

 今日、うさぎいぬの新刊が出ていることを知ってすっ飛んで仏書籍屋へ行った折、道端でのだめバッグをリアルに持っているヒトみかけた。おー。メジャー人気であるな。さてと、それで今日はいよいよライジングスターオーケストラの公演までであった。例によって勝手に使用曲リスト。記憶に残ったものだけだから漏れているのもあるからね。

 前回の続きで飛行機事故のフラッシュバックはバッハ『小フーガト短調』。バロック音楽は、聴き方によっては非常にエロチックである。

 勘違いでのだめを「鈴蘭の君」と思い、夢見るくろきんは『タイスの瞑想』。ティンパニの真澄がどれほどヘンタイか力説するのだが、恋する青年に聞く耳なし。元はここの力説者は千秋だったんだけどなー。むしろ、恋敵が減るかも知れないから真澄がヘンタイぶりを語るのはちょっと無理じゃないか ?

 ハリセンのテーマはまたシベリウス。とうとうのだめをコンクールへ出場させる準備段階へこぎつける。うまいつなぎ方だね。

 千秋を元気付けようとうなぎを買いに走るところで鈴蘭持ったくろきんにばったり出会う。ハチャトゥリアン『ガヤネー』から「剣の舞」の場面。あはれ、失恋のくろきん『アランフェス協奏曲』

 さて、R☆Sオーケストラの面々が各自コンクールに挑戦する詳細はくろきん以外語られなかったが、カナシミの寝違えきよらはドヴォルザーク『スラブ舞曲』。だけど師匠のカイ・ドゥーンは本物の外国人起用で良かった。ドイツ語ちゃんとしてた。ひょっとしたら英米圏のヒトにドイツ語話させてるのかも知れないけど、これならごまかせる。でも、寝違えの理由が実は当の師匠カイ・ドゥーンの贈った枕だったということは抜かされちゃった。一方的にカイが弟子に失望したと切り捨てるだけで終わる。なんか汚らしい場末のホテルで峰とやっちまうのはヤダナー。一流を目指す芸術家なのにあばずれみたい。

 フォーレ

 その後、ムソルグスキー『展覧会の絵』から「ババヤガの小屋」。ちと話は脱線するんだが、これかなり昔から弾いてて(てゆか弾く努力をしたことがあって)、「ババヤガ」の何たるかは知識としては知っていた。ロシアの森に住む年老いた魔女なんである。しかし、つい数年前ロシア語講座で「ロシア民話を読む」というシリーズに取り上げられ、数十年越しに膝を打った。訳は「ヤガー婆さん」と言う(ついでに露語の発音は「バーバ・イガー」)。「バーバ」というのは「婆」のことなのだ。日本語と凄く似てる。そのほかにも、露語には泥臭い言い回しがなんか日本語に似ているのがあって、へえー、と思うことがよくあるのだ。例えば、誰でもない、見も知らぬ店番の女性のことを「ジェーヴシュカ」と呼びかける。直訳すると「お嬢さん」ということになるが、どんなに歳とっていてもお嬢さんと遍く呼びかける。これ日本で知らないヒトに「おねえさんおねえさん」と呼びかけるのに似てないか ?!

 いよいよ本番、舞台に至るまでラヴェル『ボレロ』。ボレロというのは、もともとスペインの民族舞踊の一形態総称である。そこからリズムだけ抽出して作曲に使ったのが受けちゃった。勿論こういう打楽器の叩き方をボレロ、と普通名詞に使っている。ラヴェルのはとても有名だけど、旋律は別にスペイン的なものではないと思う。むしろ近現代的だ。一般受けする曲。モーリス・ベジャールが二十世紀バレエ団時代にジョルジュ・ドンに踊らせて世間的評価に拍車をかける。この曲は、終わり方が取ってつけたようでわたくしとしては釈然としない曲。素直に感動できん。

 くろきん聴かせてくれましたモーツァルト『オーボエ協奏曲』、これはそのままだからいいよね。リードをくわえるあの唇のあり方が、とてもオーボエ吹きらしかったよ。

 そして真打、ブラームス『交響曲第一番』、そです。第四楽章はロイエンタール@銀河英雄伝説のテーマデス。

 千秋の母とうとう登場。でも俳優の影薄いな。もっと捨てられた女っぽく、怨念が顔に出てないと。のだめはこの母に体当たりして千秋のトラウマを聞き出す。

 カミーユ・サン=サーンス『動物の謝肉祭』から「水族館」

 そしてまた飛行機事故のトラウマに戻る。のだめが頑張って催眠術にかけ、呪縛を解き放つ・・・・・・でも、海外へ行けるようになってしまったら、千秋のそばには居られないから、本当は悲しいんだよね・・・・・・でも、千秋のため・・・・・・まさにマタイ受難曲

 それで今日はおまけだ。後番組「ビストロスマップ」http://www.fujitv.co.jp/smapsmap/bistro/bistro.htmlに玉木・上野が出演するだとー。やー普段バラエティー番組なんて見ないけど、流石に興味引かれたよ。オモシロカッタ。玉木は食えない時代、また役者になってからも厨房でアルバイトしていたとか。なるほどね。きちんと演劇に向き合っているということの分かるようなホントのことである。わたくしにも演劇界の若い役者たちとのお付合いがちょっとだけあって、そういうヒトたちは下積み時代、本当にプライドもなにも無く、「皿洗い」を「生活のために」やる。その仕事っぷりが爽やかなのだ。そういう人々を知っているので、反ってその辺のレストランやトラットリアで働いている明らかにアルバイトな人たちを見るにつけ、ああ、この人の本当にやりたいことは演劇なんだろうな、などと思ったりすることがある。客に対する言葉の発し方、そしてオーダーを伝える時、普通の人と発声の仕方が違うのだ。
 ま、それはそれとして、のだめと千秋が本当にスタジオに来たみたいで楽しかったね。

 ついでながら、玉木の朝メシはわたくしと同じチョコレートだけですよチョコレート。わははははは諸君も明日から真似したまへ。お歳暮の季節、おべっか使いの取引先からシャチョーの元へは続々とチョコレートが届いておるが、朝飯にどんどん消費するからクリスマスまでもたん。ファンレターくれるミンナサンまとめてアリガトー。ついでに瞬間物質移送機@ドメルで、わしのとこへベルアメールhttp://www.belamer.jp/のショコラ・ノエルばーじょん送ってくれ。でもベルアメールばっかりだと飽きるからアンリ・シャルパンティエhttp://www.henri-charpentier.com/でもよいぞ。ぎゃぼーひみつ基地