アルフォン少尉の館 屋根裏の手記

館主碧髪のサーダによる2005年10月下旬からの更新記録を兼ねた製作秘話

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2007年01月31日(Wed) 00:19:14

 くだらない小説など書いている場合ではない。勉強が全然足りないから馬鹿になっている。くだらないものに群がる輩がいるから人類の知的遺産が絶版になってしまうのだ。

 こんな世はいけない。他者のためでも国家のためでも世界のためでもなく、わたくしが、厭だ。曰く、「否! 否! 三たび否!」



 ふと思い出す。ウェルズの描いた『タイムマシン』の未来世界がこんなではなかったか。
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訃報

2007年01月24日(Wed) 23:25:26

 かつて指導して頂いた長老格の教授が亡くなられた。まあ、お歳ということもあるのだろうが・・・・・・これでまた、日本は世界に誇る頭脳の一つを失ってしまった。

 「男が男に惚れ込んで」当時大変だった渡欧を果たし、20世紀最大の天才にじかに師事してしまったひとである。非常に厳しいひとだった。単語の一つ一つ、文字の一字一字まで、粘着質とも呼べるほどに厳密に問いただしたひとである。しかし、それが学者たるものの心得第一歩なのである。とても正しい教師なのだった。そのひとについた年に(多分そのお陰様で)こちらが病気になってしまったほどだ。
 容赦ない言葉でマスコミを罵倒する。それができるだけの実力のあるひとである。生涯に残した一般向けの本は勿論無い。皆学術書である。

 指導教授が自殺した時よりも動揺してしまった。そして、ひとつの時代が終わったことをしみじみと感じる。間に合わなかった。くだらないものを書き散らしていて、お目にかけられるような業績を未だ成し得ないで、一体自分は何をしていたのだろう。

 昨日、とっくに死んだ家族の一人がまた死んだ夢を見た。今にして、先生が知らせに来て下さったのか、と思う。不肖の弟子なのに、「孫」と呼んで下さったこともあったのだ。

 間に合わなかったことを、ただ謝りたい。

シュピルマン補足

2007年01月21日(Sun) 19:54:12

 インタヴューで老シュピルマンはドイツ人将校=恩人との出会いを淡々と、そして鮮やかに語った。

 「美男子が立っていました」。

 生命維持を至上命題としてたった一人で生き延びていたユダヤ系ポーランド人が、ホーゼンフェルト大尉を一目見た時に、そう感じたのである。生と死のはざまで、何と審美的判断をしているのだ。シュピルマンが芸術家だったからなのか? それとも人間一般がこういう事態にあっても審美的判断をするものなのだろうか?

 ポーランド語をこんなにまとめて聞いたのも、多分初めてだと思う。パリ留学時代懇意にしていたポーランド人青年がいたが、仏語がとても達者だった(でも書けなかった)。そのために母国語で語っているのを聞いたことは殆どない。現在の自分にとっては露語が比較的親しいものなので、文法や単語、発音がとても似ていると感じた。そうか・・・・・・ポーランドは東なんだ、などと今更。ポーランドをナチスから解放したのはソ連だったし、あの戦争はヨーロッパに於いては西と東の戦いだったんだ・・・・・・

 ついでに美学者・見習いのヒトビトは必ず頑張って読んでクダサイ『判断力批判』  。第一・第二批判よりよほど楽に読める筈。美と崇高について考えたこと無ければもぐりデスそこの音大生・美大生!!(まあ芸大はセンター試験0点でも行けるけどね。二次でしっかりやれ。)

戦場のピアニスト

2007年01月21日(Sun) 10:35:00

 ヒストリーチャンネルでいい番組があった。戦場のピアニストの告白。館設立のひとつの動機ともなった、ウワディスワフ・シュピルマン。貴重なインタヴュー番組でポーランド制作。

 生きていくこと、生き続けることは大変なことだ。死んだ方がましなこともある。

浦沢なおき

2007年01月18日(Thu) 23:30:54

 たまたま「プロフェッショナル」という番組見られた。ホストの茂木さんは若手では当代一の脳科学者じゃないかな。頭のいい人なんである。そして、ゲスト、今日は浦沢である。わたくしはこの人の作品をあまり読んでいないのだが、『MONSTER』のアニメーションは耐えながらもほぼ見た。耐えながら、というのは、絵がホラー風で気持ち悪いから。描く人物が少数の例外を除いて厭らしい顔をしている。いや、むしろ、それは現実を反映しているのかも知れないね。

 それで、こんなに社会的に成功した人なのになお「自分の思うとおりにならないと怒り出す人がいる」という言葉を語ったのが印象に残ったので、またぞろこんな所に書いてみるわけだ。
 昔『銀河英雄伝説』の田中芳樹も(助命嘆願は)「受け付けません!」とか語ったことがあったっけ。その折も「おや?」と思ったんだ。あんなに偉い人なのに、なんで今更たかが読者のコトバに動揺するんだろう、などと。

 自分が作品を出すようになって、沢山の反響を頂いた。沢山の賞賛と、少しの中傷。実際はまあ、内心がっかりしても黙っているのがおりこうだと知っている人が多いから、賞賛と同じ数ほどの非難もあるものと想定している。反響があるのはそれだけで有難いことである。それほど向き合って下さっているということだからね。

 でも、浦沢にしても田中にしても、あんなに偉くなっちゃったら別に読者が何言おうとほっとけばいいんじゃないかなあ、と思うわけよ。自分の思う通りにならないと怒り出す幼稚な読者なんて、とりあう必要ないじゃないか。それとも、自分のことをいまだにそういう読者と同フィールドに居る同人作家だと思っているのかな?

 ひとこと「それで? So what?」。プロフェッショナルの作家とは、作品世界を作り出す神である。何があっても気にしなきゃいいじゃないか。

ヒッカカリスト

2007年01月09日(Tue) 21:29:56

 紗月さんからお便り頂いたのだよ。勿論よくお便り寄せて下さるけれど、今回はヤマトとは全然別件! ああー布教活動に引っかかったヒトがここにもう一人誕生?!(ぢつはほかにも何人か居るのを確認うひゃひゃ)イテミテ書かずに死ねるか
注: リサガス教は怪しげな新興宗教デスよ(嘘)。伝染るんです(ほんと)。1/6に354アクセスとかあってびっくりした。みんな会社で何やってんの?!

 今日は『大いなる愛』を生で聴いてしまった。役得。次のリクエストに『イスカンダル』と言っておいたけど、さてどうなるかなあ。ヤマトと全然関係なくなってからも突然ふと接点があるのは、やっぱり運命かな。ひみつ基地

別荘「図書室」に「カント『実践理性批判』から読み解くアルフォン少尉」収納

2007年01月02日(Tue) 00:32:06

 1月2日。書き初め(笑)。

めでたさも

2007年01月01日(Mon) 18:36:54

 ちゅうくらいなり・・・・・・宮川先生喪中につき。

 年末に出たばかりの中島本を元日から仕事の傍ら隙間時間に読んでいる。例によって明晰判明な論が痛快であるが、やはり下品男であるという感は払拭できない。西尾幹二の痛快さとはやや異なる。ああいう品格のある厳しい人は好きだ。中島が好きかと言うと、多分嫌いな方に近いと思う。しかし、言っていることの的確さ、明確さ、正確さには毎度唸らされてしまうのだ。

 ただ、今回前書きに相当するところにやや気弱な言葉があった。以前出した『うるさい日本の私』と共に、勿論この本も川端康成のノーベル賞受賞演説をもじったものである。タイトルの「醜い」は「日本の」にかかるのか「私」にかかるのか、という仮想的な読者の問いに対して、予め「両方にかかる」と宣言してしまっていること。「『醜い日本の醜い私』である」。つまり、中島は自分のことを「醜い」と自嘲的に宣言しているのだ。こういうのは、ジコチュー! などと攻撃された時の予防線である。いっそのことそれを認めない掛け値なしのジコチュー男になってしまった方が潔いというものだが・・・・・・そこがまだ中島の怪物になり切れないところである。かわいいじじい。

 ともあれ、時々鏡は見た方がいいよ。
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