アルフォン少尉の館 屋根裏の手記

館主碧髪のサーダによる2005年10月下旬からの更新記録を兼ねた製作秘話

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そぞろに第七章概観

2013年08月31日(Sat) 18:43:32


 週末までひっぱっといてスマン。が、ぶっちーさんのひっぱり一年半の旅路の果てがこういうこととは……もう一週たつので表で言っていいと思う。これまでのクォリティの高さが、この結末で卓袱台ひっくり返し的に台無しであった。がっかり、である。二度目は見なくていいや、と思って頭痛と胸痛と眠気に甘んじ、そのまま生身の日常にとっとと帰ってしまった。その日の夜はスターシアの夢を見るには見たが……反芻して考えるとか、感動して高揚するとか、15話辺りで鼻血を吹きそうになったあの頃とは明らかに違う、ありふれた日常への回帰だった。
 それでも、三日経った今日に至って最終日の1番スクリーンを予約してしまうという往生際の悪さ。PV見ると出来がいいように錯覚してしまうのだろうか。もう一度、最大スクリーンで納得したいという欲求が残っていたのだ。

 テレビは毎週ブルーレイで録画しているのだが、それでもコアなファンとして特典映像とささきヤマトのためにDVDを買い続けてきた。今回、映画が終わった時は、ちらと、買わなくていいかな、などと思った。しかし、第七章もやっぱり予約してしまう。
 できの悪いものだと分かっていても、好き、なのだ。まだ世の中の意見はそんなに読んでいないけれど、手放しに礼賛する意見には正直そのヒトの審美力を疑わずにはおれない。しかし……出渕さん、詰めを誤っても、わたくしは「火中の栗を拾」ったあなたの勇気と知恵に心から敬意を表するし2199を好きでい続けるよ。これは『ヤマトよ永遠に』が駄作と納得しつつも、アルフォン少尉と雪という新たな関係性の出現によって見過ごせない作品となったことにも似ているのだ。

続き

 以下、一年半新しい2199を楽しんできたオールドファンの感想なので、うざいと思う向きは読まないでくれ。勿論23話は感動的だったし、24話は美しいイスカンダルに視覚的に感銘を受けたし、25話は生き延びたゲール、そしてデスラーと「今後」を匂わせる何かがあった。けれど……26話が間延び。要らないエピソードは挟まないでオリジナル通り一話でまとめるべきだったのでは。

 一回目見終わって、確かに泣けた。雪が脱出した辺りで、だったと思う……あの辺は物語の構造として感動を煽る作りになっているので良かった。しかし、その後号泣するというカタルシスには至らず、終盤に近づくにつれてだんだん腹が立ってきた。この一年半楽しんできた祭りの結末がこれかよ、と、ニヒリズムに陥り、左胸に重い岩塊のようなものを感じて、なのに目を中途半端に腫らして、映画館を出ることになった。帰りの電車ではプログラムを読み切れなかった部分見ていたけど、視界が霞む。加齢と疲労と心理的ショックで? 目が見えなくなっていた。


 次記事以降、一話ずつ書きなぐる。一日で26話まで書き切れなくて疲れたので、今日はここまで出すにとどめておくよ。

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