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アルフォン少尉の館 屋根裏の手記

館主碧髪のサーダによる2005年10月下旬からの更新記録を兼ねた製作秘話

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第25話

2013年09月11日(Wed) 23:26:12

 この辺までは良かったんだけどねぃ。

続き

[25]

 オリジナルでは最終回のAパートで描いたことを、たっぷり一話かけて雪の負傷まで描いた。話数としての雪負傷の引きはこれで一話完結物語的に正解である。

 帰路、まずはセレステラの回収。なぜだ? デスラーを失って当てもなく茫然自失で宇宙空間を漂っていたのか、それとも得意の超能力でヤマトを追ってきたのか。理論的必然性は感じられない。けれど、雪が彼女の想いを知っているから、セレステラを庇ってレーザーを受ける必要があるためなんだろうなとは、後で解る。愛を説く相手がオリジナルのスターシアから、やや形を変えてセレステラに替わったと。

「こんなところで御免なさい」と雪の自室が初めて披露される。士官クラスでもこんなに狭いんだね。ただ、土方や古代と撮った写真が沢山並んでいたのに和む。セレステラは羨望を感じた様子。


 デスラーの逆襲。結局観艦式に赴いたゲールがバラン星付近からすぐにはガミラスに帰れなかったということが、反ってデスラーに好都合だったことになる。そして、この御仁は最後まで生き延びたのである。恐るべし揉み手のゲールくん。ただし、映画本編中ではゲールがどのようにデスラーの役に立ったかまで描かれなかった。テレビ放送ではきちんと解るようにしてくれるだろうか? これで、その後のデスラーがタラン兄とゲールを従えてガルマンガミラス帝国を作るかも? な展開も見えて来る。ゲールは最後まで生き残る種類の愛すべきキャラクターである。子供時代には単なる厭な野郎としか感じなかったのに、オトナになると色々と知りたくもない世間を見てしまい、知らず知らずのうちにこういう人間になってしまっているのにある日気づいて愕然とすることもあるかも知れない(わたくしは知らないで済んでいるが、サラリーマン社会で生きる人はそういうものらしい)。藪も然り。今シリーズではそんな藪が次善の策で救済されてまあよかったと思うし。

 さて、天の川銀河側異次元ゲート? を使用すべくやって来たヤマトをその中で絡め取り、デスラーは復讐を始める。波動砲に封印をしているけれど、後から映画プログラムを見て平和協定みたいなものの印であると知る。こんな奇襲が来ることを予測していないから、ヤマトはほぼ丸腰だ。白兵戦は『さらば』オマージュと勿論ひと目で分かる。降下兵の在り方は『永遠に』のように見えた。それでまた、オルタが居たおかげで自動人形のデータが取れているから撃退できたというのも理由づけになって伏線回収。


 しかし! また雪が艦の下の方に居て、闖入者と直接まみえるというのが偶然すぎる。居住区の自室にセレステラを送った後だったから、ということか? セレステラを咄嗟に撃つデスラーに非は無い。ので、その後雪が彼女の想いをデスラーにぶつけてなじるところは、ちょっとやり過ぎのように思う。古代ではなく、雪に宇宙愛を語らせたのは、今作の軟弱古代を見ている限り適正だったと思うけれど。

 予想が的中してセレステラはデスラーに撃たれた。22話の籠の鳥はセレステラだったというわけだ。小鳥のように気まぐれに助けた愛玩物であり、その生死など大した問題ではなかったという。デスラーが見ているのはただ一人、スターシア。全ては君のため。宇宙を共栄圏として統合することが平和への道と信じて、スターシアのためだけに邁進してきたのだ。哀れセレステラ。

 ついでに。元エピソードは松本の『永遠のジュラ編』だろう。これ権利的に出しちゃっていいの、などとオトナの事情的心配をしてしまう。それらを言い出したら佐渡とかアナライザーとかヤマト内部のデザインとか、もう切りが無いけどね。

 一方、予想に反して雪が死に至った直接的原因は古代を庇ったからではなかった。愛する者を庇うのは当然のことで、それほどでもない者を庇うにはより大きな包容力が必要である。咄嗟のことで雪は別に考えて行動した訳ではない。それでも身を挺してセレステラを救おうとする行為が、より愛の濃度が高いと踏んでのことだろうか。もともと『さらば』の時もデスラーを庇って撃たれたのだったしね。


 雪拉致エピソードと雪負傷エピソードで、二度も「おかえりなさい」をすることになる。これは、くどい。テレビ視聴者に向けて解り易くしているのだろうか。これに限らず、芝居がどれも大げさになっているのが気になってはいたのだ。誰か演出の人に舞台演出出身がいるのか?

 それと、三式弾でデスラー艦を撃退するという結末も、「目視」だの「機械をあてにするな」だのの延長で、やや食傷気味である。そんなにマンパワーが貴重だろうか。機械化社会への反省は昭和末期のもので、制作の始まった2008年頃に於いてはもはや問題にもならないテーマだったのでは? 機械の力はやはり圧倒的である。手放しに褒めそやすことはできないまでも、わたくしたちは今や機械なくして日常生活すら送れなくなっている。つまり、ぶっちーさん以下ブレーンが昭和の人だったということだろうか。

 あと、脇キャラクターについて。第一話から存在感のある榎本勇は何かおいしいエピソードがありそうだと思っていたのに最後までなし。あれだけ出番があったのに残念。『新たなる』以降の山崎さんみたいなものか。部下二人、遠山と岩田、本当に死んだの?
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