FC2ブログ

アルフォン少尉の館 屋根裏の手記

館主碧髪のサーダによる2005年10月下旬からの更新記録を兼ねた製作秘話

スポンサーサイト

--年--月--日(--) --:--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ペトルーシュカのカナシミ

2006年12月18日(Mon) 23:29:23

 先週はハリセンの故郷へ行っててレヴュー一回休み。「ようこそハリセンの故郷へ !」と歓迎して下さったオトモダチのお陰で、いやーオモシロカッタ。うさぎいぬの原画展が目的である。そのためだけにシャチョーの権限を行使し無理やり一週間ばかり休みにしちったー。つけは後で回ってくるから別にいいのさ。ひみつ基地ではほぼ日刊実写漫画撮ってるので、官能小説でなくても興味ありますという方はイテミテ。現在のわたくしの在り方は官能小説家ではなく、パペット映画監督かな。過去の実写漫画アーカイヴはこちら。リアルさんぽ再録結構沢山になったよ。

 さて、本日ののだめはコンクールを中心に。あんなに頑張ったのに駄目でした、という現実の厳しさを思い知る回である。そうだ。現実とはそういうものだ。頑張ればうまく行くだの、一生懸命やったんだから結果がどうあれいいんだだの、それは二流で満足できる者のたわごとである。のだめは、天衣無縫の野生児であるという点ダイヤモンドの原石だ。しかしそのままで王冠に納まることはできない。「なんで楽しく弾いちゃいけないんですか」という問いは、それが出て来ること自体素人のたわごとである。
 芸術とは、技術あっての芸術なのだ。幾千万の技術を一つ一つクリアすることは本当に気の遠くなるような作業であり、従って努力であり、犠牲である。しかし、揺るぎ無い技術に支えられていなければ真の芸術作品は産み出され得ないものなのだ。いわゆる「ヘタウマ」という言葉はサブカルチャーでは通用するだろう。しかし・・・・・・卑近な例なんだけど、わたくしは『ドラゴン桜』のドラマを大いに面白がって見たけど、原作本は結局お金を出して買わなかった。アイディアと思想が秀逸でも、絵が余りにも酷かったからだ。それもアマチュアのレベルを遥かに下回る酷さだった。汚いものは所有したくない。いや、作品の素晴らしさは認めるよ。しかし、事実として買わなかったのだ。・・・・・・いわんや芸術作品を俎板に乗せる時をや。分かるでしょ。
 素人の発表会は余程の濃いお付合いの方でない限り見ない聴かないことにしている。残された人生の時間に於いて、無駄だと思うからだ。鑑賞に耐えないものには時間は割きたくない。舞台上の御本人様方が満足ならそれでいいではないか。こちらには関係ない。今日ののだめの最後の発言は、人間の本音ではあるだろう。確かに気持ちはよく解る。自分もかつてそうやって叫びだしたことのある馬鹿な素人だったからだ。しかし、一流でありたいと思うなら、それでは甘過ぎる。本当に楽しめるようになるには、まずはその甘い考えをかなぐり捨てて文字通り死ぬほど練習することだ。ぐうの音も出ないほど罵倒されてみたまえ。それに耐え、あらゆる技術を習得克服した先に、初めて本当の光が差して来るのだ。

 ただ、才能が無い者はどんなに努力しても報われない。これは事実だ。悲しいことに。
 『ペトルーシュカ』については本編中でも少し触れてあったが、古典的な人形芝居の三つの役柄のうちの一つである : 内気な道化師、美しく可愛らしい踊り子、剛健なムーア人。ペトルーシュカというのはロシア人男性の名ピョートル(英語だとピーターに当たる)の愛称で、やや蔑視的な意味合いを持っている。人形使いが三体の人形に命を吹き込んだところから悲劇が始まるincipit tragoedia。道化師人形ペトルーシュカは踊り子人形に片想いしている。だが、踊り子は男臭いムーア人の方が気に入っていて、盛んに秋波を送る。当のムーア人の方は女など自分に惚れて当たり前、ペトルーシュカのことなど考えもしない。ペトルーシュカの孤独、嫉妬、切なさ。終盤、ペトルーシュカは思い余ってムーア人に斬りかかるが、逆に剛健なムーア人の半月刀で斬り殺されてしまう。無念 ・・・・・・! しかし、ペトルーシュカは怨霊と化して自分に命を吹き込んだ人形使いを呪う。華やかで楽しい祭りの背景との落差と相俟ってその阿鼻叫喚の図は人を震撼させる。とても子供には見せられない、おどろおどろしい話なのだ。同時に、寓意的である。
 まあ、興味あったら見てみてくれ。これは上演が大変難しいため、国内で生で見られる機会は殆ど無い。現代ではパリオペラ座がレパートリーに持つだけではないかな。有難いことに映像ソフトは出ているから躊躇わず買いなさい。1910年代という舞台芸術の最も面白かった時期の作品を網羅しているよ。自分的超超お勧め盤だ。
 今日のだめの弾いた部分はペトルーシュカたち三体の人形が最初に踊りだす場面。素早い脚捌き・首の回転を表現している。わたくしはこれを本来のオーケストラ版でしか聴いたことがなかったから、のだめCDを買った時初めてピアノアレンジを聴き、新鮮だった。
 ついでにストラヴィンスキーの凄いところは、『春の祭典』やら『火の鳥』 やら、新し過ぎる音楽を惜しげなく次々と産み出したにも関わらず、古典的な曲もきちんと作曲していることだ。例えば『プルチネッラ』とか聴いてみたまえ。えーっこれがストラヴィンスキーなの ? ほんとーに ? と思うから。画家で言ったらピカソかもね。ピカソ6歳の時の牛のスケッチ見たことある ? 凄いよ。リアルで。因みに因みに、この二人は同時代人で一緒に舞台芸術の仕事もしてるんだなこれが。いやー枢軸時代だったねえ。

 先週初出のオクレール先生、イメージとやや違った。もっとほわっとした可愛らしいじーちゃんなんですよ本当は。でもまあ、今後ののだめの人生の鍵を握る重要人物ということで優しそうな仙人めいた雰囲気は買っておこう。

 ということで来週もう最終回。やっぱりわたくしの感動したコミックス9巻で締めくくりだったんだね。泣くよ。みんな(新作リサたんの(ぷっ))ハンカチ

用意。ぢゃ。ひみつ基地
関連記事
スポンサーサイト
前の記事
あっさりと最終回
次の記事
れんしうしとるかね。
トラックバック
http://alphon2202.blog32.fc2.com/tb.php/594-cf1b65fc
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。